3月に入ると春の匂いが漂い始め、日差しも2月と比較するととても暖かく感じる季節になります。

3月3日は桃の節句で雛人形の季節でもあります。

そして3月16日は「十六団子の日」です。

この「十六団子の日」は、わりと知られていない日ですが、「十六団子」という団子を食べる日です。

このコラムでは、この「十六団子の日」の由来と意味をご紹介致します。


十六団子とはどんな食べ物


まず十六団子とはどんな食べ物なのでしょうか。

十六団子の材料やつくり方に特別な決まりはないようなのですが、多くは、粳米(うるちまい)を乾燥させてから粉にひいた上新粉に片栗粉と砂糖を加えて甘みをつけ、よくこねたものを、十六等分に分けて形を整え、熱湯で5~10分茹でて作るかまたは、蒸し上げてつくるお団子です。

お好みで、ゆで小豆や黒蜜などを付けて食べます。

もちもちした食感と、シンプルで独特の味わいがあり、人気もあるお団子です。

 

十六団子の由来

十六団子(じゅうろくだんご)の由来は

古代日本では、山に神様が住んでいると考えられていました。

その年の稲作を開始する3月16日に、山から神様が田へ下りてきて、収穫が終わる11月16日(地域によっては10月16日)に山へ帰っていくと言われていました。

これによって、人々は農耕の神様へ山の神様の到来と帰還を知らせる必要があると考え、3月16日と11月16日に杵と臼を使って餅つきをすることで音を発し、農耕の神様へそれを知らせるようになったのです。

この餅つきでできたお餅を小さく丸めて16個の団子を作り、それをお供えするようになりました。

この団子を「十六団子」と名付けました。

この16個という数は3月16日と11月16日の16から取っています。

このことから、3月16日と11月16日は「十六団子の日」と呼ぶ様になったのです。

 

16個という数


この16個という数は和菓子と深い関わりがあるようです。

仁明天皇(にんみょうてんのう)の平安時代中期に、疫病が蔓延し多くの人が、命を落としました。

その際、仁明天皇はこの事態を打開するために848年6月16日に元号を「承和(じょうわ・しょうわ)」から「嘉祥(かしょう・かじょう)」へと改めます。

この際、厄除けと健康招福を願い16個のお菓子や餅を神前にお供えし「嘉祥の儀式」を執り行いました。

この儀式をきっかけに、「嘉祥喰い」という6月16日に無言で16個の餅を食べて「無病息災」を祈願するという風習が生まれました。

これが、時をへると16文払ってお菓子を買い笑わずに食べきることができたら、病気にならないという風習に変わっていきます。

この流れから、6月16日は現在「和菓子の日」に制定されています。

きっと16には何らかのげんかつぎの意味があるのだと思います。





十六団子の今


十六団子は現代ではそれほどメジャーな行事では無くなってしまいしたが、まだ地方によっては続いています。

元々十六団子は稲作を主とする多くの地域に伝わってきた風習で、東北地方や北陸地方を中心に伝統行事として多く残っていると言われます。

作った16個のお団子を枡の中に入れて、神様に供えるという方法が取られています。

違った形ではありあますが、6月16日の和菓子の日には、供えたお餅をぜんざいに入れて無病息災を祈願するという風習は、まだ残っています。

 

終わりに


十六団子だけではなく、団子は日本の行事によく登場しますね。

旧暦の8月15日の満月の日を十五夜と呼び、月見団子やススキを供える行事。

春と秋のお彼岸には、仏様へ彼岸団子を供える伝統はまだ残っています。

お団子と無病息災の祈願は、日本の根底に流れる文化なのかもしれません。