子供の日が近づくと、「屋根より高いこいのぼり~」という歌声が頭の中で時折鳴り響くことがあります。

この「こいのぼり」という童謡は親しみ深いものですが、これとは違う「鯉のぼり」という曲もあります。

「こいのぼり」と「鯉のぼり」は全く違う曲です。

このことを知らない方が以外と多いのです。

このコラムでは、「こいのぼり」と「鯉のぼり」の由来、歌詞の意味などについてご紹介致します。

5月5日の端午の節句、子供の日には親子で歌い、そこに込められた思いと繋がって頂けたらと思います。

 


「こいのぼり」とは

「こいのぼり」の基本情報は次になります。

(1)作詞者
近藤宮子

(2)作曲者
不明

(3)その他
昭和初期に刊行されていた、「エホンショウカ ハルノマキ」で初めて紹介された。
近藤宮子さんは童謡「チューリップ」「オウマ」の作詞者としても有名。

「こいのぼり」はイタリアの国際児童歌唱コンクールの出場曲に選ばれ日本人によって歌われた実績もある。
文化庁主催の「日本の歌百選」にも選ばれている。

 

「こいのぼり」著作者の顛末


「こいのぼり」の著作者は長い間不明で、最終的に近藤宮子さんと判明しましたが、それまでの顛末をご紹介します。

◆1931年(昭和6年)に作曲
1931年の夏に東京帝国大学大学文学部教授であった父から、子供向けの作歌を頼まれた近藤宮子さんは、作歌作業に入り短期間に「こいのぼり」「チューリップ」「オウマ」他10編を創作し、協会に全て採用され無名著作物として発表された。

そして、当時は無名著作としてずーっと歌い継がれ、その著作料は日本教育音楽協会に入っていましたが、このとき近藤宮子さんは、自分が著作者だということは主張せずにいました。
著作料うんぬんよりも、ただ歌い継がれることだけを願っていたのです。

◆1981年(昭和56年)著作権が切れる
この年は曲の発表から50年が過ぎようとしており、著作権が切れる年でした。
日本教育音楽協会の人物が、著作料収入を延命するために、当時の協会会長に著作者を勝手に変更してしまいました。
これによって、今後も会長に著作料が入るようにしたかったのです。

◆1981年(昭和位56年)近藤宮子さんが名乗り出る
同年、今まで近藤宮子さんは、歌が歌い継がれれば、著作者など誰でも良いと考え、著作料が日本教育音楽協会に入ることに対して、特に異論はありませんでした。

しかし、協会会長がこの曲を作ったとされたため、嘘はいけないと思い、当時76歳だった近藤さんは、自分が作曲したと名乗り出て、裁判で勝訴しました。

これによって、50年以上の月日を経て、「こいのぼり」の作詞者名に近藤宮子さんの名前が載るようになりました。

なんと無欲な方なのでしょう。

尚、近藤さんは1999年に92歳で死去されています。

 

「こいのぼり」の歌詞と意味

「こいのぼり」の歌詞とその意味についてご紹介致します。
↓は歌詞付

「こいのぼり」の歌詞1番

やねより たかい こいのぼり
おおきい まごいは おとうさん
ちいさい ひごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる

◆言葉の翻訳

真鯉 ― 体色が黒い鯉
緋鯉 ― 体色が紅色の鯉

歌詞の意味は、黒の大きい真鯉を父親、紅色の小さい緋鯉を子供と置き換えて、男の子と父親が元気に過ごせるようにという願いが込められており、その親子が空を楽しそうに泳いでいる様子を表現しているのでしょう。

説明するまでもなく、歌詞の通りですね。

 

「こいのぼり」の歌詞2、3番

1番は近藤宮子さんが作りましたが、2、3番の作者は不明とされています。

◆こいのぼり2番(おかあさんが登場する)

やねより たかい こいのぼり
おおきい ひごいは おかあさん
ちいさい まごいは こどもたち
おもしろそうに およいでる

◆こいのぼり2番(おかあさんが登場しない)
みどりの 風に さそわれて
ひらひら はためく ふきながし
くるくる まわる かざぐるま
おもしろそうに およいでる

◆こいのぼり3番
5がつの かぜに こいのぼり
めだまを ピカピカ ひからせて
おびれを くるくる おどらせて
あかるい そらを およいでる

2、3番はあとから誰かが勝手に追加したようなもので、厳密には「こいのぼり」とは言えないのかもしれません。





「こいのぼり」に母親がいない理由


ここまできて、誰しもが疑問に思うのは、なぜ歌詞に母親いないのか?ということでしょう。

母親がいないのは、寂しいと感じます。

 

男尊女卑思想

この曲が作られたのは1931年(昭和6年)ですが、この当時は男性の地位が高く、女性の地位が低い時代でした。

男尊女卑の思想がまだ根強くあった時代です。

この時代背景から、お母さんが排除されたのだと推測されます。

 

男女平等の流れ

1964年(昭和39年)に東京オリンピックが開催されました。

そして、当時は男女平等という社会的な流れが勃興し始めた頃です。

その当時から、鯉のぼりも父と男の子という形態からファミリー型に変化しました。

真鯉→父、緋鯉→母、子鯉→子どもたち、というふうになったのです。

こいのぼりの色も、黒、赤、青、緑など、3色以上になっています。

飾るこいのぼりと歌詞があっていないという話ですね。

 

「鯉のぼり」とは

冒頭に述べたとおりに「こいのぼり」と「鯉のぼり」は全く違う曲です。

「鯉のぼり」の方の基本情報をご紹介致します。

(1)作詞者
不明

(2)作曲者
弘田龍太郎

(3)作曲年
1913年(大正2年)
尋常小学唱歌 第五学年用として刊行される。

(4)その他
1913年(大正2年)の「尋常小学唱歌 五学年用」に初めて掲載された「鯉のぼり」は、文部省唱歌として歌われてきました。

中国にある、鯉が滝を上って竜になるという伝説「登竜門」を元にして書かれた歌詞だと言われています。
鯉を竜に重ね合わせ、「その雄大な姿のように大きく成長して欲しい」という願いが込められています。

 

「鯉のぼり」の歌詞

「鯉のぼり」の歌詞をご紹介致します。
↓歌詞付

漢字バージョン

1番
甍(いらか)の波と 雲の波
重なる波の 中空(なかぞら)を
橘(たちばな)かおる 朝風に
高く泳ぐや 鯉のぼり

2番
開ける広き 其の口に
舟をも呑(の)まん 様見えて
ゆたかに振(ふる)う 尾鰭(おひれ)には
物に動ぜぬ姿あり

3番
百瀬(ももせ)の滝を 登りなば
忽(たちま)ち竜に なりぬべき
わが身に似よや 男子(おのこご)と
空に躍るや 鯉のぼり

 

ひらがなバージョン

1番
いらかのなみと くものなみ
かさなるなみの なかぞらを
たちばなかおる あさかぜに
たかくおよぐや こいのぼり

2番
ひらけるひろき そのくちに
ふねをものまん さまみえて
ゆたかにふるう おひれには
ものにどうぜぬ すがたあり

3番
ももせのたきを のぼりなば
たちまちりゅうに なりぬべき
わがみにによや おのこごと
そらにおどるや こいのぼり

 

言葉のポイント

言葉を現代語に訳すと次になります。

「いらか」
→屋根の瓦(かわら)

「甍(いらか)の波」
→屋根瓦の波。
屋根の瓦がまるで波のように見える様子を表現している。

「雲の波」
→複数の雲が波のように見える様を表現している。
※雲の波とは、万葉集や古歌などでも使われている比喩的な表現です。

「橘(たちばな)」
→ミカン科の植物で、古来から日本に自生している柑橘(カンキツ)系の植物で、5月に実をつけ、その季節を表す風物詩である。

 

勝手に超訳

この歌詞を勝手に超訳してみます。

1番
いらかのなみと くものなみ
→屋根が波のように見える、雲も波のように見える風景

かさなるなみの なかぞらを
→重なる波の様な景色の中を

たちばなかおる あさかぜに
→橘の花の香りのなか朝の風にあたり

たかくおよぐや こいのぼり
→高く泳いでいるこいのぼり

2番
ひらけるひろき そのくちに
→大きく開けたその口に

ふねをものまん さまみえて
→船をものみ込んでしまうくらい

ゆたかにふるう おひれには
→大きく振るわす尾ひれには

ものにどうぜぬ すがたあり
→物に動じない雄大さがある

3番
ももせのたきを のぼりなば
→鯉が百の滝を登ったならば

たちまちりゅうに なりぬべき
→直ぐに竜になる

わがみにによや おのこごと
→そんな私に似て育て!男子よ!

そらにおどるや こいのぼり
→空に踊る鯉のぼり

大体こんな感じだと思います。
細かいご指摘はご遠慮願います。(笑)

 

こいのぼりの歌詞を理解する

「こいのぼり」と「鯉のぼり」の歌詞の意味を理解すると、子供の日の意味付が今までと違うものになるかもしれません。

近藤宮子さん作の「こいのぼり」はただ春の風にのって、家族でたのしく過ごしているというイメージが私のなかに生まれます。

そして、そのただ普通に楽しく過ごすことになにか、深い幸せがあるというのが私の解釈です。

弘田龍太郎作の「鯉のぼり」は文語体なので、距離を感じます。
それと、男が雄大に竜のように立身出生するというようなニュアンスを感じます。
今の時代に合わないかもしれませんが、現代版の雄大さに置き換えれば素敵な気もします。

どちらの曲も大正、昭和初期の時代の息吹がそこに込められているのを感じます。