毎年子供がもらうお年玉は、普段は手にできない額のお金を手にする年に一度の機会です。

そのお金をどのように管理するのか?

または、管理などせずに子供の自主性に完全に任せるのか?

家計の事情で、生活費に当ててしまう?

それぞれの事情や考え方で、このお年玉というお金の使い方はそれぞれでしょう。

このコラムでは、小学生の子供にお年玉は貯金させないほうが良い理由について、私キアラなりの考えを「マズローの5段階欲求説」に当てはめて考察してみます。


お年玉の使い道


2017年マイナビ社によって行われた、小学生とその親対象のお年玉の使い道に関するアンケートを次に記載します。

親としてお年玉を何に使ってほしいか?


【小学生のお子様対象】お年玉は何に使いますか?

とても分かりやすい結果ですね。

親は貯金を望み、子供はおもちゃやゲームを買うことを望むという、予想通りの結果が出ています。

そして、約2割の子供が貯金したいというのも面白いすね。

お金をためて買いたいものがるのかもしれませんね。

 

マズローのご段階要求説


マズローのご段階要求説というものを聞いたことがありますか?

マズローの5段階要求説は、1943年にマズローが発表した論文「人間の動機づけに関する理論」で世の中に出たものです。

人間は何を求めて生きていて、そこには順番があるということが理解できるもので、色々なところで用いられています。

とても役に立つ考え方なので、どんなものなのかを書いておきます。

まず、その5段階の要求は次にの図になります。

人間の欲求は下の要求から順に発生し、その欲求が満たされると、初めて次の上の要求が生まれるという理論です。

5段階欲求の順序

1番目 生理的欲求
2番目 安全欲求
3番目 所属の欲求
4番目 社会的認知欲求
5番目 自己実現の欲求

それぞれを簡単に説明します。

1番目 生理的欲求

睡眠欲、食欲、性欲、排泄、水分補給などの人間の生命に関する欲求です。

2番目 安全欲求
1番目の「生理的欲求」が満たされると次に生まれてくる欲求です。

これは肉体の安全、法的な秩序、治安、ルールなどの安全な環境・状態を求める欲求です。

日本であれば殆どの人がこの段階までの欲求は満たされています。
警察が治安を維持してくれており、屋根のある家に済み、鍵もかかり一定の防犯機能がある安全な環境で生活しています。

3番目 所属の欲求
友人、兄弟、家族、会社、スポーツ、地域社会、サークルなどの、人間社会に所属しその中で人から愛されたいという欲求です。

この欲求になってくると、日本でも満たされていない人が出てきます。

会社、学校などで周りに馴染めず疎まれている人や、完全に浮いていて自分の身方になってくれる人は一人もいないなど、所属している組織があっても孤独な状態の人がいますね。

4番目 社会的認知欲求
社会の中で自分の存在や能力が認められ評価されることを求める欲求です。

スポーツで優勝する、テストで高得点をとる、有名な大学に入る、有名な企業に入る、業績をあげて出世するなどが、社会的認知欲求を満たすことになります。

5番目 自己実現の欲求
自分が普段気づいていない思いや力を覚醒させて、本当の自分として生きたいと思う欲求です。

これは哲学的で少々難しい概念なのですが、3番目の所属欲求を満たし、4番目社会的認知欲求を満たしても人の心は満たされることはありません。

なぜかというと、3番目と4番目は自分の基準ではなく、他者が軸になっているためです。

他者に認められたい、愛されたい、好かれたい、特別な存在として扱われたいなど、これらの欲求はあくまでも他者が主軸になっている欲求なのです。

自己実現の欲求は、その人の中から湧き上がってくる、その人の本心が求めている生き方をすることを指します。





なぜ親はお年玉を貯金してほしいのか?


親がなぜ子供にお年玉を貯金して欲しいと思うのでしょうか?

それは、我が子が社会に出て、そこで良い人間関係を築き、成果を出して認められ、豊かで幸せな人生を送って欲しいという思いがあるからでしょう。

これは将来、マズロー5段階欲求説の3番目の「所属欲求」4番目の「社会的認知欲求」を満たす人生を子供に歩んで欲しいと思うからではないでしょうか?

普段は手にできないお金が入ると、それをおもちゃ・ゲームに使ってしまうのは、浪費であるし、浪費するような人は、社会で愛されないし、認められないという思いから、このような傾向が生まれているのではないかと思うのです。

お年玉を自由に使わせる=浪費する=将来浪費家になる=3番目、4番目に恵まれない不幸な人生を歩むことになる。

このような実態のない連想をしているからではないでしょうか。

 

戦いはすでに始まっている


この5段階欲求説の3番目と4番目の戦いは、小学生の段階でもうすでに始まっています。

学校のなかで、人気を得たい、先生に褒められたい、高学年になれば異性に持てたいという欲求がありますし、その欲求を満たすための戦いが、小学生になるとすでに始まっているというのが事実でしょう。

自分が子供の頃を思い返せば分かるはずです。

すでに戦いの真っ最中である子供に、親が介入してどうこう言ってお始まらないのではないでしょうか?

 

お年玉を全て自分の自由使わせると


お年玉を全額子供の自由にさせたらどうなると想像しているかのでしょうか?
ここが実は最大のポイントなのだと思います。

自分の子供が、お年玉を全額自由に使わせたら、浪費癖が付いて大人になっても貰った給料を全て浪費して、お金を管理できないダメ人間になるかもしれないと思うこと。

これは、大人の頭の中を巡る、勝手な想像であり空想でしかありません。

どうなるかは分かりません。

全額取り上げ強制的に貯金したとしても、将来お金が使えなかった不満の反動で浪費家になるかもしれません。

全額自由にさせたら、そのまま浪費家になっているかもしれません。

またその逆になるかもしれません。

私達が子供にこうなって欲しい、そうなってもらうために取るべき手段は〇〇だ!

などと考えますが、そのと通りになっていかないし、いい意味でも悪い意味でも全く想定外の展開を見せるのが、子供の人生ではないかと思います。

 

全額自由に使わせてみる


全額自由に使わせてみれば良いのだと、私は考えます。

それで、とても無駄な浪費をしたとしても、その浪費による結果を自分で体験するので、そこからなにを学ぶのかは、子供次第ですし。

自分の「所属欲求」と「社会的認知欲求」を満たし、その先に「自己実現の欲求」を満たすステージが待っており、そのゲームはもうすでに走り出しているのですから、そのゲームを楽しませてあげるべきだと思うのです。

そして、その中で我が子が悩んでいたり、躓いていたりしている姿を見ながら、手を差し伸べるべきだと思う場面があったら、ゲームの楽しみ方のヒントゲームの楽しみ方のヒントをあげるという観点で、そのときだけ手を差し伸べればよいのではないでしょうか。

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